"偏る"と"遍く"、反対を表す二つの言葉なのに字が似通いすぎてることにプチ衝撃。
なんか気になってつい調べたら、[遍在と偏在] なる言葉を見つけて、わーー面白い!と気分わくわく上々しちゃって。興味ひくままにGoogle🔄ぐるぐる。
と、寄り道したせいで偏愛性について語ろうと思ってたことがまるっとぶっ飛んでっちゃったし、脈絡なく綴ってっちゃうわHoney, 性的に。
鞭棄やA波Rのような、怪我して包帯巻いた女の子の姿にときめいたり、
(私のなかで包帯と言えば志々雄真実と躯の二人。えへ)
傷痕に舌で触れたりって経験、一度や二度はあると思うなの。たぶん。
それと、小学生時代なんかに松葉杖や眼帯するってなると皆テンション上がってたこととか覚えていはるかしら。
云わば非日常感と特別感。
ふんわりとそんなような感じの四肢欠損のお話。
小指や腕や眼球や、身体のどこか欠けてしまった姿に心惹かれてならない。
なかでも足。二本の足じゃなくていい。
義足を外すと露になる、肉の柔らかいぐにゅっとした皮膚のところを愛でていたいずっと愛でていられたら幸せ。
かと言ってそれだけが欲しいわけではないから、憧れに近いのかな。
うーーーーん、
ただ目にして骨からぞくっと震えて、触れたら
心臓がとっきんときん鳴いて呼吸も浅くなって息苦しいし胸痛いほどなのに欲しくなっちゃうあれ、恋煩いに似ているかもしれない。
跛ひいて歩く姿や傴僂のせなか、あっちゃこっちゃ向いたぐちゃちゃの手指とかもすき。
胸がきゅんとして、そそられる。
片端フェチと言われたりもするけど、私自身心が不具だから問題なし。
ちっちゃい時には火の鳥鳳凰編に登場する、腕のない我王が大好きだった。
終盤の、心入れ替えたのに一本残った腕さえ落とされてしまうシーンがたまらなく好き。
小学校卒業するくらいまでアトピーがひどかった私は、皮膚に触らないためと母親に両腕包帯ぐるぐるにされて通学していて。今ならこれがフェティッシュとの出会いだって笑えるけれど、
当時は自分だけ宇宙人みたいだって思ってた。
その時の精神が私の偏愛になにか影響しているかもしれないし、していないかもしれない。ふふ。
溺愛か渇愛か。
性的嗜好やフェチの対象が例え同じだとしても、愛着の仕方はさまざま。
私は溺愛されるより渇愛されたいし、ずっと欲しがっていたいかなー、今の気分で言ってるだけだから明日は知らにゃい
おまけ。私の最愛なる本。と、その娘みたいな小説。