亜きら - 抒情の部屋 -

初めまして。 京都SMクラブ傀儡堂、京都バルバラに所属している亜きらと申します。 素敵な時間と世界を共有しましょう。

調教記録


ごきげんよう。


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さようなら、死ね。
くらいの思いでぶつかりにいく時もしょっちゅうありますわ。


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激情でもって私に対峙するのでなければ、海も凪ぐ。


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垂れた痕の美しさ。
終わってもそこにあるもの、自分の一部だったもの。







すっかり春めく陽気ばかりでなく、月も朧に霞むこの頃。
桜の予感も高まるばかり。
皆様いかがお過ごしでしょう。

地球が例え逆向きに回りはじめたとて、自分の内側の世界を余程気にする女です。わたくし。


さて、先日会いましたはおよそ二年ぶりの彼。
きちんと先導してあげねば、自我を変態側へと落としこめない性質の人間。

一時すれば私の手によって、実に素直に欲望のままに身を振っていました。
悲しいくらい笑えるほどに。

動画を、彼は今ごろ見返しているでしょう。


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木蓮やこぶしの花がすき。



鬱ぐ。塞ぐ。
いい言葉だ。
自分の内に鬱ぐ。
穴に籠り穴を塞ぐ。

私の春の心象にぴったりである。
しかし花の美しい季節であることは否定せぬし、そういう景色を厭わない。

ただ雰囲気の話であって、言っていたいだけなのだ。

夏の暑さが嫌い、という解りやすい理由ではないからこそ自明したいだけなのだ。



01

▲開け、開け。
私にすべてを開け。

そんなことを他人には容易く思う。
勝手だから。







「俺の名を言ってみろ。」
某少年漫画の有名な台詞。
死ぬまでに言ってみたい台詞ランキング上位に入るやつ。

しかし私は、その後でこうも言いたい。 
「てめーらは誰なのか?この俺にでっけェ声で言ってみろ!!」
これも某ヤンキー漫画のそれ。

つまりはどちらも恫喝。
そして存在を確かに具現化できる象徴として、名前に重きを置いている。気がする。

もちろん私も崇拝されるかのように、自分の名を呼ばれる事を厭わない。

むしろ積極的に、「誰のおかげで幸せなのか?」と問う。

皆一様にこたえるは「亜きら様のおかげです。」

宗教ではございません。



00


苦しい息苦しい息が苦しい、そんな状態ってエクスタシー。
知らんけど。



ビンタ。平手打ち。
腹や背へのもみじ。
もしくはグーパン。もとい腹パン。

好きです。

自分の手でどうにかすることは。


34


私からの視線は動けない状態の相手、
そちらからの視線では、動けない状態にされた自分。

なにをどうされようと幸せでしょう?





やっぱり、死ぬ理由がわからない。
いずれ死ぬのに生まれる意味がわからない。

そんな思いを、ナイルの死と、母親の命日をと迎えて考え耽ったりした一月の終わり。

しかし私は以前このブログに書いたとおり、ナイルを初めて見たときに死を、命の終わりを感じる姿に惚れたがゆえに動物園に通ったのだ。http://jojoh.blog.jp/archives/28802732.html
(ナイルについて書いたブログ)

2019年のうち、京都市動物園へ足を運んだ回数は14回。
最期を見届けたかった。
今際の際と知ってから三度涙したものの、やっと楽になれてよかったねと安堵したのも事実である。

いずれ生きとし生けるものは死ぬ。
それならば自分の世界だけは決して失うことないよう大事にしていきたい。
私は。


さて、そんな私に惚れこんでいるある男との夜のこと。

04

私が彼を虐げるのは31回目だったという。

プレイなのかセッションなのか調教なのか、呼称は私はどうでもいいと思っている。
ただ私の事が好きなのであれば、それを身体で伝えてみろってだけの話だ。
そしてどこまでもついてきてみろ、とも思う。

昔から頭のおかしかった私は20歳時分の頃、私の事が好きならばそれを伝えてほしい、と付き合っている男に煙草をおしつけたり、煙草を食べる事などを強要していた。

結局私のSMはその延長線にあるのであろう。

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▲半泣きで私へ近寄ろうとしてくるこの姿は、とてもいじらしかった。


そしてさらに打擲したくなる。



おわり。




同じ行為のはずなのに、違和感を覚えるときのフラストレーションがきらい。

これじゃない、
だけど何が妥当なのかわからない。

だから暴力的になる事もあるのかもしれない。
一方向的な暴力行為。

それでいて、甘んじて受容するしかない人達を私は憎まない。


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触れた素材感、着心地、繊細な美しさ。
自分だけの満足感に浸れる、他人からは見えないアンダーウェアゆえの美しさに惚れて、私は十代の頃よりランジェリーが好きだ。



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なぜ変態はピンクを好むのだろう。
愛おしさと嘲笑と。


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もっと、もっと。
もっと先へ。






ランジェリーの言葉の響き。
透きわたる鐘の音のようでしょう。
私はレースをとてもとても深く愛しています。
あの触れたら消え入りそうな繊細な存在。
どうかするとすぐに破れてしまう儚い美しさ。

女性らしさに見合った美しさだと思っているけれど、そんなランジェリーを愛する変態の彼と先日遊びました。


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▲私の身につけたランジェリーはイタリアのLa Perlaのもの。
レースと言えばフランスとイタリアですもの。

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女装趣味として女性用下着を着用する変態はままいるけれど、レースを理解したランジェリーフェチの人間は珍しく思えたし、嬉しくもあったというお話。







新年明けましてオメデトヲゴザイマス。
2020年、令和二年も亜きらをどうぞよろしくお願い相申し上げます。

して、この時に一年の抱負を掲げる人は多いでしょうけれど。

辞めたいのに続けてしまう事と、
続けたいのに辞めてしまう事の違いとは一体なんなのか。

辞め続ける、行い続ける、そのどちらものエネルギーはきっと同じものなんでしょう。 

何かを我慢し続けながら生きるのは、本に辛いことにあります。
実に、骨身を削る思い。
苦しみ痛む精神をもってしてまで、人間らしく生きる意味が今でもたまに解らなくなりますね。

私なんぞの魂では。まだまだ。
煩悩即菩薩。
善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。

しかして、
天網恢恢疎にして漏らさず。

正しく生きられたらいいのにな。

自分の感情をすべて抑制して、他者の為に生きるなど私は決して望まない。
自分の直感と感情の流れを滞らせたくない。

誰かの流れと交錯したり搦められたり、迸ったりそんなのでいいやって思う。

24
▲2019年のほんの記録。



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これからが真冬のはじまりよ。

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