亜きら - 抒情の部屋 -

初めまして。 京都SMクラブ傀儡堂、京都バルバラに所属している亜きらと申します。 素敵な時間と世界を共有しましょう。

抒情




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この後、意図せず血の味を知ることになったのでした。

私はやっぱりふごふごしてる姿、何かを耐えていたり欲しがっている様子にときめくし
それを遠くからほんとは眺められていられればもっと心にハートが舞っちゃうわ。

汗をかく季節だからか、汗までも惜しむような体液フェチのお人や匂いフェチのお人によく出会います
嫌いじゃない。

あと蒸れるし剃毛の楽しい季節。かな。

5月17日から九州に初めて行くわたし。
寂しくなったらここにきて。
なんちて。





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桜がはやくも葉桜へと景色を変えましたね。
そんな春の日に読みましたエルンストの百頭女、超超脳内ドレッシング。
詩というのか、全く地球外生命体のように理解できないものもあれば、なんとなく心にぐっとくるものもあったり不思議で何度も読み返しちった。

そして後に残るは「惑乱、私の妹、百頭女。」って何度も繰り返される言葉とそれを口に出してみる私。

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なーーんか読書が趣味と言うと高尚に聞こえる謎謎謎。
表現や言葉の美しい小説や詩が好きだけど、ミステリーでもホラーでも絵本でも辞書でも何でもぺろっとしちゃいたいただの本の虫。

人に教えてもらった本は、自分では選ばないであろうものが多いので必ず読む派であります。
ゆえに何かこれぞって本があれば教えてくださいまし。


もうお昼間の太陽が本気出してきてる気がするはやいよ。
春の憂鬱な夜も煩わしいけど、これから暑くなるあの季節はスーパーミラクル苦手。
溶けるもの。精神まで。 


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まさにこんな感じ。
浴衣や花火やって楽しい想像しなくっちゃあね。。

いつも忘れがちなプレイ写真、近頃とくに撮り忘れること脳足りんの如し。
ゆえにブログも書けず…なんて逃げ口上はいけません。めっ

次の画像でお許し頂戴なの。

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↑こうして画像で遊びたいが為にも写真残せるおまえ様、声をかけてくださいますよう。

それはさておき。
(冬の夜空の次かその次くらいに)この季節、見上げた月が朧気に浮かぶ様もまた美しや。春の夜、如何様にお過ごしでしょうか。性的に。

桜や木芽時といえば倒錯的なイメージがあるけれど
新年度の春、と思えば気を新たに引き締めたくなる不思議。
と、いうわけで。(なんか聞き覚えあるふしぎ)
この4月はこっそりと、できるだけねんね子をあやすようにいけずしない精神でサービス強化月間と己に課しております亜きらでした。




アートポスターが欲しくて海外サイトを見てると、あまりに中二病質な翻訳に思わず2828したやつ。↓

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「悪の天空の罰の撲滅の神」とな。
どの画家の絵をそんな呼ばわりしてるのか知りたくて画像拡大

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なんと日本絵。
どこかで目にしたような巻物か掛け軸だろうけど、
やっぱり゛悪の天空の罰の撲滅の神゛なんて翻訳されてしまう絵の内容が気になって気になって仕方なくなったので調べました。
いつもの事ながら
なぜだろう?なぜかしら?が消えるまで調べないとイヤ。
気がすまない。
それに、
知っていくわくわくともっと先を知りたいそわそわが楽しいなの。
知的好奇心とはまことに際限がないじゃて。

そして調べたところ、疫病の神である牛頭天王でいらっっしゃるとわかりまして。
ほんまに神仏習合やら八百万やらなんにでも神様いすぎてずるい。

疫病の神であるこのお方、やたら強そうな名の牛頭天王の姿をもう一度ご覧あれ。

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丸してあるのが牛頭天王そのお方にございます。
面白いよね。
神なんて呼んでおいてやっつけてるんだもんね。
なぜ、と思ったなら続きはGoogle先生へ。



蝶について話したかったのだけどもうだめぽ。ねみゅい。

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とりあえずちょうちょが苦手、上の画像ですら少し虫唾が。



心のスキマ。喪黒さんがすり寄ってくるやつ。どーーーん!の喪黒さん。

ぎゅうぎゅうの心も、頭変になっちゃいそうだしある程度スキマはあるべきで、それが心の余裕になる。んじゃないかなと思うけど、人の心ってきっとふにゃぐにゃしててお花の水やりみたく何か与えていてもらえんと干からびてしまうから。
ヨリドコロとか承認欲求とか心の遣り取り云々を欲しがって、その結果
心を痛めることもあるわけで、そうなれば心のスキマを生むかもしれない。
本末転倒。

普段こちらが意識することなくてもスキマはいつも心のそばにいて、ただ扉が閉じてさえいれば見ることも感じることもない。
ところが感情や欲求や、心に及ぼす何かをきっかけに扉が開いてしまうとそこにスキマがいる。11人いる!

疲れて抵抗力が落ちていると風邪にかかりやすいってのと似てるね。(たぶん)

今よりもっと若い頃の私は、心のスキマを大事に大事に飼っていました。
そうしていつも悲しさを抱いていればそれよりひどくなる事はないと信じてたし、哀れまれると心のスキマが少し満たされるのでした。

心を弱々しくさせても、ハゲワシが死の臭い嗅ぎとるように悪しきものがにじり寄ってくるだけというんに。

心に風穴あいた如くスキマからびゅーびゅーと気狂い風に震える夕方や、
スキマどころか心がガランドウそのものにしか思えないどうしようもなく心細い夜。
足音ひとつなく近づき、「私だけがあなたの理解者よ。」と甘い言葉囁くは喪黒さん。又は喪黒科に属する誰か。
差し伸べられた手さえ冷たくとも、心のスキマに感情飲まれているとすべて委ねてしまう心境に陥りやすいのです。
お気をつけあれ。

でも悪い事ばかりでなくて、
SMプレイにおいてもあり得る話だと思うなの。
こちらの思惑別にして、当人の心境に響いたものがあれば驚くほどこちらへ傾くこととか。ね。





以下私のお趣味。
ひどくわかりづらいのは諸事情のため。ちょっぴりしゅん。


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●骨折して左右大きさのちがってる足と、




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●血管ぶしゃーな病の痕。
アシタカの痣のようでもあるし、
なぜかはだしのゲン思い出しちった

真夜中のチェ・ゲバラ
なんとなくチェの煙草揃えてみたら楽しくなっちった。かっちょいいんだもの。

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ひとり遊びのチェごっこ。

ひとり遊び、ってどこか官能性を帯びてて隠微なエロスの匂ひ。

単に言葉の響きがオナニーを想起させるってだけじゃなく。

 

思い出せるかなー、子どもの狭いコミュニティでのあれ。

子どもって、ひとり遊び=幼児だとか友達がいない奴、とかそんな風にひとりで遊ぶことを良しとしないし

仲間意識と少しでも違えばそれは悪だっと思いこんだり、悪が見つかれば仲間はずれにしたり…ってこども世界こわい。

 

私も子ども世界にいた頃は皆に隠してたけど、性に合ってるし今も昔もひとり遊びは嫌いじゃない。むしろ得意。

 

ただ、皆が忌避するそれを自分は楽しめることに後ろ暗いものを感じてたんだろうな。そんな記憶があった気がする。昔ですし蓋し。

 

そしてほら。後ろめたい感情や背徳感と言えば、官能をより刺激的なところへと連れてってくれるお友だち。

 

大人に知られたらダメ、と思うと秘密基地作りもより一層夢中になって、ね。楽しかったね。

 

[*ひとり遊び、人に知られないようにこっそりと隠れて遊ぶ行為。]

んむ。エロティック。

これからオナニーと書いてひとり遊びと読みましょうか。

 

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Googleに聞いてもわからんちん。


カストロ議長が亡くなったときのキューバの様子の写真、何度も見てしまう。
国民も兵士も皆泣いてて、胸に衝動を覚えるけどどうしたらいいかわからない。

何を聴いても悲しくなって泣いてしまい
何を書こうと思っても、暗く悲しいものばかりになってしまって何も書けなかったんだけど
落ち着いた今ちょっぴり振り返る。

事の発端は単なる生理のホルモンバランスのなんたらってやつ。
そこから沼にずぶずぶ飲み込まれるように「悲しい」の三文字がどんどん作用してっちゃった。

先日、母親の三回忌だった。
私はその集まりに行かなかった。
と言ってもうちは典型的な、家庭環境悪い系家庭だったので母親が死んだときも
「自分のお母さんが死んだ悲しみ」ではなく
「母親という絶対的な存在を失った寂しさ」が大きかった。

ゆえに私は三回忌の集まりに行かなかったわけで。
ただ、死んでからも我が子にこんな扱いを受けるなんて、幸せな人生だったのかなあ…と客観的にその人の人生を考えはじめたら悲しくて悲しくてしょうがなくて。

悲しみの沼から這い出た今は、そんなの考えたって仕方ないと思えるんだけど
その時は泣き濡れるばかり。

嗚咽するほど泣いてると、うちの小僧猫がね
すごい勢いでぽんぽんぽんと肉球で私の胸を打つんですよ。
そして頬っぺをぺろぺろぺろりーぬと。
それが滅茶苦茶心地よくて。泣いてちゃだめだって思った。
その後いつもつけっぱの映画チャンネルでたまたま流れてた有頂天ホテルって映画を見てるうち、だんだん元気になっていきましたとさ。

普段なら絶対見ない類いの映画だから不思議。

虫の知らせ、の話もあるけどこれは本気で暗くなる話だから今はよしておこうね。

感情の吐露は、性欲の発散と同じくらいに快楽を得れると私は思ってる。

おしまい

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或る詰らない何かの言葉が、時としては毛蟲のやうに、腦裏の中に意地わるくこびりついて、それの意味が見出される迄、執念深く苦しめるものである。或る日の午後、私は町を歩きながら、ふと「鐵筋コンクリート」といふ言葉を口に浮べた。何故にそんな言葉が、私の心に浮んだのか、まるで理由がわからなかつた。



萩原の朔ちゃんの作品ですが、最近これと似た状態に。
少し前から
脳内でやたらとエゴンシーレの単語が思い浮んで、なんの思い入れも用事もないから考えなくなるでしょ、
そしたらしばらくしてまたはじまるエゴンシーレ。
こっちの意識せずともエゴンシーレが勝手に脳内で渦巻く繰り返し。エゴンシーレループ。

嫌いまで言わないけどエゴンシーレの絵を好きと思ったことなかったのに、エゴンシーレに頭支配されたせいでついGoogle先生で調べたりして、劇的な生涯にそそられて絵にも興味もわいたり。

小説でも音楽でも絵画でも、作りだした人のバックグラウンドを作品に見ようとしちゃう
もちろん、そんなの知らないでも素晴らしいものは素晴らしい。素人だけど。えへ
それに生い立ちが作品に影響するのか確かなことはなんにも知らない、ただ私はそれありきで楽しむ。と言ったら語弊が生じるけど、作家や画家に自殺が多いこととかそういうのもぜんぶひっくるめて思いを馳せたいのかもしれない。
空想大好きっこだもの。

昔、芥川の河童を読んだときに自殺した作家年表を作ったのがきっかけであろうかな。所謂中二の病。
あれに登場する作家ほぼ自殺か晩年発狂してるとわかって、そらあっくんも死ぬわと。
(これは内緒の話。割と最近もPCとインターネットという文明の力で、画家の年表は作りあげたものの作家はそのあまりの自殺者の多さに心折れました。)

sorry話それてしまってエゴンシーレでした。
なにゆえエゴンシーレループぞ、と思ってたらエゴンシーレの映画するようで。
それも今月末から公開とな。
ぴこーーん!と天命をうけたような顕示、我ながら素敵。
これは見に行くしかないでせう。





リカちゃん人形の髪の毛を切ったり体中に落書きしたり、母親に怒られては繰り返してた子どもの頃とおなじ。
私がしたいと思ったことを私の好きなようにして遊んでたい。

大事にできないことを叱られてたけどリカちゃんのこと、嫌いなんかじゃなかったのに。



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ふごふごするさま。不思議と笑ったまま。ふふ。



したかったことを達成した途端、「いらない。」ってなってすぐさま心底ぽあしたくなる事、たまーーにある。
誰しも陥ったことのある利己的かつ普遍的な、芥川の芋粥のようなあの心理のふしぎ。



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星がみたい
山にいきたい
お年玉が欲しい

あ 神様にお願いするべきことだった。

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