亜きら - 抒情の部屋 -

初めまして。 京都SMクラブ傀儡堂、京都バルバラに所属している亜きらと申します。 素敵な時間と世界を共有しましょう。

抒情


欲しかったけど手に入らなかったもの、
欲しかったのに手放してしまったもの、
欲しくなくなったと捨ててしまったもの。

捨てなくちゃいけないのに手放せないもの。

何かを得るためには何かを失うか、又は何かを耐えなければだめでしょう。
等価交換とまでは言わなくとも、例えば痩せた体を手にしたければ食欲と運動による疲労に耐えるとか。そういうの。代償。

優しさの裏にどんな欲求が孕まれているかとか、隠しきれない苛立ちをねじ伏せている意味とか、
相手が抱く感情の機微を慮るっていうのは大事なこと。
難しいけど。

ただ、伝える言葉に嘘偽りがごちゃ混ぜになっていたとすれば、よく見えないままにちゃんと推し量れなくなって、
結局二人の心的交流も混淆してく。
しかし大体の人間模様は複雑で、心をのぞけたとしてもガランドウで何も見えないわからないだろうな。
 
「疑う」と「信じる」って感情、ですよね(?) 
感情感情感情、しち面倒だ。
だからこそ大事にしたいからつらつらとこうして今もね。

自分の言葉が他人様の心にどう作用するのか、考えながら発言するのは私のハイパー苦手な事だけど
責めるためでもなく
罵倒するためでもない、
ほんの口にしただけの言葉が相手にとって攻撃となってしまうのは嫌。

そして失わせる選択をさせてしまうことが悲しい。


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気になって仕方ない、もっと知りたいという思いが恋だとして、
「自分だけのものにしたい」ってのは欲FinalAnswerでしょう。

「好きだから」という好意と善意の名のもと、相手のこと慮らず感情や行為押しつけるなんてもっての他で。

感情論と精神論が似て非なるもののように、恋と愛はおててつないでないのだと私は思うなの。
あ、今の私は。

愛について語るなんておぞましい、じゃなかったおこがましいからお口ミッフィー。(・x・)


好きな人に好きになってほしいってのはいちばんのわがままだって昔、私の好きだった人が言ってた。

むずかしいね。
こんなに人っころは地球に転がってるのにね。

私は感情をSMの行為に必要とするけれど
濃すぎるものは時にべろが痺れて味がわからなくなっちゃうのかもしれないな。 

最近、某かの人の気持ちや心について沈思黙考することが多くて
なんとなく、私の外側が今かたい。
こちこちに固まったら、じきにひびが入るかそれとも蛹みたいになかでどろどろ溶けるか。

どうあっても変化するならそれはよいこと。そうでしょ?

静かに。
考えても仕方ないことを考えるのは私のもはや趣味。
シフォンケーキが食べたい。

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ここしばらく自信が持てなくて、でもあまり頭を回して思考を構築するのも嫌で、
なーーんにも感じないふりしてたけど
振り返ればそこにいる気がしてだめだね。
たまにはちゃんと自分と向き合わないと。
 
ともすると自己内省しては独断的な完結に至るのが私の悪いくせなので、たまにはぶん投げちゃってもいいかなーーって軽く甘く思っただけ。
投げても現実のむこうまで飛んでくわけじゃないし
自覚してる限り終わってないのかもしれない。なんちて。

現実での苦悩を共にしながら安定をはかる関係と、
非現実的関係のもとに秘密を共有するのは対なのかな。
 
どっちも欲しいから、私たちがいる。

私の言葉にいちいちの深い意味はmjdない。

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見られるということ。
見るということ。

どちらも主観的な話で、外側からの客観視によれば違いはないはずなのに
両者はとっても差があるね。


発信したものがどう受信されるかも人が違えばそれぞれ。
発信した側が意図せぬ捉え方によって影響が大きくなったり小さくなったり。

何が言いたいとかなくて、
私は受信する側でいたくて誰になんの影響もせぬものでいたくて
どんな形にもなれるのに触れると感触のなくなる水のようになりたいと
二十の頃考えていたなーという話。
水底、みなぞこって美しい言葉だなって。

月が高くほんとの天辺にいるときは
見上げる自分がどこかの底にいる気分になる、あれがすき。



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朧月の夜はもう終えたようで、今夜の月は目が覚める様でした。
新緑が青空に映える季節は瑞々しくていいです。




SF小説は星新一くらいしか知らなくて全く興味がなかったんだけど、、

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この小説は素敵。
こんな詩的なSFがあるのかと瞬殺的に、
やられちゃいました。
読みすすめたい気持ちと読み終わるのがもったいない気持ちが錯綜しております。
断然、物語は未完派ゆえ。

なにか美しいものに触れたい夜だったので、お気に入りの絵や写真を読みながら
美しい絵だとか面白い本だとか、主観あるのみなのに大多数がそう感じるってすげーー不思議だなと無意味に考えたり。

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そして汚いものとか所謂よくないものへの感じ方はそこまで大差ないのも不思議。

あと例えば怖いもの。
これは割りと個人差がでるのかな。
私は皆が皆同じ方向を向いている様子がすごく怖い。(映画館とか飛行機とか振り向くとぞっとする)ので、いつも少し横を向く。

欠けているもの、終わる事のないものを愛するのはもうずっと変わらない。


あまり頭まわさずに書いちった。
伝わらなければSORRy




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この後、意図せず血の味を知ることになったのでした。

私はやっぱりふごふごしてる姿、何かを耐えていたり欲しがっている様子にときめくし
それを遠くからほんとは眺められていられればもっと心にハートが舞っちゃうわ。

汗をかく季節だからか、汗までも惜しむような体液フェチのお人や匂いフェチのお人によく出会います
嫌いじゃない。

あと蒸れるし剃毛の楽しい季節。かな。

5月17日から九州に初めて行くわたし。
寂しくなったらここにきて。
なんちて。





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桜がはやくも葉桜へと景色を変えましたね。
そんな春の日に読みましたエルンストの百頭女、超超脳内ドレッシング。
詩というのか、全く地球外生命体のように理解できないものもあれば、なんとなく心にぐっとくるものもあったり不思議で何度も読み返しちった。

そして後に残るは「惑乱、私の妹、百頭女。」って何度も繰り返される言葉とそれを口に出してみる私。

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なーーんか読書が趣味と言うと高尚に聞こえる謎謎謎。
表現や言葉の美しい小説や詩が好きだけど、ミステリーでもホラーでも絵本でも辞書でも何でもぺろっとしちゃいたいただの本の虫。

人に教えてもらった本は、自分では選ばないであろうものが多いので必ず読む派であります。
ゆえに何かこれぞって本があれば教えてくださいまし。


もうお昼間の太陽が本気出してきてる気がするはやいよ。
春の憂鬱な夜も煩わしいけど、これから暑くなるあの季節はスーパーミラクル苦手。
溶けるもの。精神まで。 


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まさにこんな感じ。
浴衣や花火やって楽しい想像しなくっちゃあね。。

いつも忘れがちなプレイ写真、近頃とくに撮り忘れること脳足りんの如し。
ゆえにブログも書けず…なんて逃げ口上はいけません。めっ

次の画像でお許し頂戴なの。

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↑こうして画像で遊びたいが為にも写真残せるおまえ様、声をかけてくださいますよう。

それはさておき。
(冬の夜空の次かその次くらいに)この季節、見上げた月が朧気に浮かぶ様もまた美しや。春の夜、如何様にお過ごしでしょうか。性的に。

桜や木芽時といえば倒錯的なイメージがあるけれど
新年度の春、と思えば気を新たに引き締めたくなる不思議。
と、いうわけで。(なんか聞き覚えあるふしぎ)
この4月はこっそりと、できるだけねんね子をあやすようにいけずしない精神でサービス強化月間と己に課しております亜きらでした。




アートポスターが欲しくて海外サイトを見てると、あまりに中二病質な翻訳に思わず2828したやつ。↓

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「悪の天空の罰の撲滅の神」とな。
どの画家の絵をそんな呼ばわりしてるのか知りたくて画像拡大

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なんと日本絵。
どこかで目にしたような巻物か掛け軸だろうけど、
やっぱり゛悪の天空の罰の撲滅の神゛なんて翻訳されてしまう絵の内容が気になって気になって仕方なくなったので調べました。
いつもの事ながら
なぜだろう?なぜかしら?が消えるまで調べないとイヤ。
気がすまない。
それに、
知っていくわくわくともっと先を知りたいそわそわが楽しいなの。
知的好奇心とはまことに際限がないじゃて。

そして調べたところ、疫病の神である牛頭天王でいらっっしゃるとわかりまして。
ほんまに神仏習合やら八百万やらなんにでも神様いすぎてずるい。

疫病の神であるこのお方、やたら強そうな名の牛頭天王の姿をもう一度ご覧あれ。

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丸してあるのが牛頭天王そのお方にございます。
面白いよね。
神なんて呼んでおいてやっつけてるんだもんね。
なぜ、と思ったなら続きはGoogle先生へ。



蝶について話したかったのだけどもうだめぽ。ねみゅい。

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とりあえずちょうちょが苦手、上の画像ですら少し虫唾が。



心のスキマ。喪黒さんがすり寄ってくるやつ。どーーーん!の喪黒さん。

ぎゅうぎゅうの心も、頭変になっちゃいそうだしある程度スキマはあるべきで、それが心の余裕になる。んじゃないかなと思うけど、人の心ってきっとふにゃぐにゃしててお花の水やりみたく何か与えていてもらえんと干からびてしまうから。
ヨリドコロとか承認欲求とか心の遣り取り云々を欲しがって、その結果
心を痛めることもあるわけで、そうなれば心のスキマを生むかもしれない。
本末転倒。

普段こちらが意識することなくてもスキマはいつも心のそばにいて、ただ扉が閉じてさえいれば見ることも感じることもない。
ところが感情や欲求や、心に及ぼす何かをきっかけに扉が開いてしまうとそこにスキマがいる。11人いる!

疲れて抵抗力が落ちていると風邪にかかりやすいってのと似てるね。(たぶん)

今よりもっと若い頃の私は、心のスキマを大事に大事に飼っていました。
そうしていつも悲しさを抱いていればそれよりひどくなる事はないと信じてたし、哀れまれると心のスキマが少し満たされるのでした。

心を弱々しくさせても、ハゲワシが死の臭い嗅ぎとるように悪しきものがにじり寄ってくるだけというんに。

心に風穴あいた如くスキマからびゅーびゅーと気狂い風に震える夕方や、
スキマどころか心がガランドウそのものにしか思えないどうしようもなく心細い夜。
足音ひとつなく近づき、「私だけがあなたの理解者よ。」と甘い言葉囁くは喪黒さん。又は喪黒科に属する誰か。
差し伸べられた手さえ冷たくとも、心のスキマに感情飲まれているとすべて委ねてしまう心境に陥りやすいのです。
お気をつけあれ。

でも悪い事ばかりでなくて、
SMプレイにおいてもあり得る話だと思うなの。
こちらの思惑別にして、当人の心境に響いたものがあれば驚くほどこちらへ傾くこととか。ね。





以下私のお趣味。
ひどくわかりづらいのは諸事情のため。ちょっぴりしゅん。


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●骨折して左右大きさのちがってる足と、




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●血管ぶしゃーな病の痕。
アシタカの痣のようでもあるし、
なぜかはだしのゲン思い出しちった

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