亜きら - 抒情の部屋 -

初めまして。 京都SMクラブ傀儡堂、京都バルバラに所属している亜きらと申します。 素敵な時間と世界を共有しましょう。

抒情


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だんだんと、薄くなっていく酸素を体感していくのは恐怖。
ぎりぎりのところで、その呼吸するさまを見ているのが好き。

目を隠し、縛ったうえで、ビニール袋で覆ってきゅっとする。
あら不思議。ラッピング。まるで大事なプレゼントみたい。

だって壊れたらおしまいだから。
ほんとに大切なものほど壊してきたけれど、何度も繰り返したい楽しみは、壊さない。

きみたちは壊されない。
ある意味で、それほど大したことではないから。

世の中、ほぼ仕方のない事だらけ。
しょうがない、で済まされないことなんて無いに等しい。
起こってしまったことに関しては。

そうならないように行動していたとしても、そうなってしまったのなら、もうそれは仕方のないこと。

二度と同じ結果にならないように、これからへ意識を向けるしかない。

わたしの内側へ向けたエネルギーをじわじわと、どこかへ流さないと、水も滞れば腐ってしまう。


夏は短いと誰が言ったのか。
地獄みたいな暑さのなか落ちる汗とともに、自らの後悔や過ちも流れていけばいいのにね。


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いやらしい話ではないけれど、脳内で至上の気持ちよさを体感する話である。

銭湯。命の湯。心の湯。
随分前にも話したけれど、私は水でイケます。
正確には水のなかで。水中で。

サウナ、もしくはお湯で身体をあたためたあと水風呂に浸ります。
それだけ。
ただただそれだけ。
水に感謝する。
水を愛しいと思えるこの身に感謝する。
神様、ありがとう。

大事なことは、水風呂に浸り続けること。
一定の時間を経ると、身体の感覚が失われる。
胸のあたりがすーっと冷たくなっていき、なぜか頭のてっぺんあたりがぼうっと熱を持つ。
すると、不思議な事に、視界が透明になる。
透明。クリア。あんなに美しい透明でいて青みを帯びた世界、知らない。
(ちなみによく村上龍を好きかと聞かれるが、読んだことない)
どんどん、どんどん見えてくる。
視界が透けて透けて、世界がどんどんよく見える。
水のむこうの自分の肌の白さと、そこに浮く青あざ。

あぁこれ、瞳孔が開いてきてるんだと知る。
キンキン。
冷たい水のなかで私、キンキン。
目を閉じると音までが透明に聞こえる。
そうしてそのうちクラクラしてきます、そうそれは目眩。
ここらでいったんお湯へ移動。

するとどうでしょう。
お湯のなかでも私、ギンギン。
今度は視界が真っ赤っ赤。
熱い。
脳内が熱い。
なのにお腹のあたりが冷たくきりきり。

そしてまた目を閉じる。
水のなかとおなじ、音が透明に耳から脳内へ響く、あれが、あれがとてもすき。
水の流れる音、シャワーから落ちる水の音、人々の所作からでる桶のカコーンという音すら気持ちいい。

気持ちいいのです。

わかりますか?
わからないでしょう、だから私はとても幸せなのです。

おわり。


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夏の変態三連発。
みんな違ってみんないい。


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私は、私を好きでいて欲しいし、それを伝えてほしい。
精神と身体と魂と感情と切なさと心強さと。

ファンタジーとすれば私がいなくなったら狂ってしまうくらいのほどに、背筋から脳みそ震える喜びを覚えるけれど
現実的に言えばそれは鬱陶しい。

それほどの思いがあるフリでいい。
恐らく。

私の手と指は誰かの為にあるわけじゃない。
何もかもを望まれる事も厭う。

欲しいなら願えばいい。
何かを差し出しながら願えばいい。
等価交換の世の中ゆえに。

何かを得るためには何かを失わなければ、成り立たない。
私の世界は。





夜の星をずっと見ているのがすきだ。
夜景と呼ばれる、人工的なキラキラは時に眩しすぎるから。

大阪に住んでいる時に眺めていた、淀川のむこうに聳える梅田の高層ビル群の赤い航空障害灯は嫌いじゃなかったけれど。
高層ビルの上方で赤くチカチカと点滅するあの様が、まるで巨大なロボットたちの呼吸する姿に見えて、とても絵本的な心穏やかな気持ちを得られていた。

何を言ってるかわからないと思うが、私の心の遊園地の話だ。意味はない。

私の家にはベランダがない。
家にいながらにして、星を眺めるということが非常に難しい。

しかし私は知っている。
見ることが叶わぬとて、自分の頭上にはいつも変わらず星があると。

当たり前のこと。
恥ずかしながら、私がその当然の事実に思い当たったのは二十歳の時だった。

見えなくてもそこにはあると気づいたとき、安堵した。

きっとそんなようなことは、日々の生活のなかで少なからずあるでせう。


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湿度の高い世迷い言。





呼吸管理はすきです。
息苦しそうな姿は興奮に値する。

それを好む私の原点とは、もはや五才ほどの少女だった頃に遡る。

何も知らなかったし、何の悪意もなかった。
ただ従姉妹に、一才くらいの乳児に近かった彼女に、スーパーのビニール袋を頭から被せた事は覚えてる。
きっと遊んであげてる感覚だったし、苦しそうにしてる姿が喜んでる風にも見えていたのかもしれない。

とにかく私は笑った。
そしてそのすぐ後で叔母に、人非人を見るような目つきでもって突き飛ばされた。
今思えば当然なんだけれども、当時の少女だった私は色々な衝撃に愕然とした。

それから私が叔母からどのような扱いを受け続けたかは、想像するに容易いであろう。

それはさておき。
こんなような話。
呼吸管理を行う際に、悪いことをしている感覚、が恐らく興奮材料として私の底流をなしている。

ぞくぞくする。
見つかってはいけない、とか。
そういうもの。
かも知れない。


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▲これは金玉を握っている姿。


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▲これは落ちた瞬間の姿。



少し胸の裡がすっきりした夜。


時の流れを体のうちで感じているか。
まるでガランドウのように思うこの胸でさえ、まだ去年の夏を覚えてる。

心がどこにあるか、脳のなかなのか胸の奥なのか、未だ科学の力を持ってしても解明していない事を私は幸福に思う。

すべてが分かってしまっては、世界がなんともつまらんくなるに決まってる。


もしかしたらこうなのかもしれない、ああなのかもしれない、と、頭のなかで想像できる余地を残していてほしい。

にんげん同士の関係性であっても、そういう要素はあって然るべき。
すべて解ろうとしたり、解らせようとするのは野暮なんだろうと思う。

思うのに欲しがってしまうばかりのこの世と人とは、ほんに変態ばかりよ。
私含めて。

去年の夏、苦しんだ。
狂うかと思うほど。
またあの暑さでもって脳内溶かしにかかられては、私の精神がもたん。
そうなったときには、誰か身と心を持って私を救ってくれ。


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水面がゆらゆら揺れて反射する肌、エロス。このきらきらを水底から見上げたいともまた思う。

ほんとうに良き時間を過ごしました、博多での三日間。

観光案内して頂いたあなた様、お世話になったclub Secretの皆様、プレイを楽しんだ君達、お邪魔したKINKY BOXの皆様、ありがとうございました。

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色々楽しいことはあったのやけれど、特に印象的やったのが、昼が京都より長いこと。
夜の8時を過ぎても空が暗く薄青くて、それだけで美しかった。

ということはもちろん、朝のはじまるのが京都より遅いのです。
同じ日本なのに。
面白い。


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これが夜8時の空の様子。
もうすぐ夜が訪れる予兆を感じさせる、この青暗さ。最高。
 

そしてついに関西も梅雨入り。
夏は私にはキツいけれど、どうにか夏を私に取り込もうと思う。


自分の胸のなかにある思いを把握できているか。
たしかに、この手で掴めるくらいに。

強い思いほど、突然、裏っ返る。
裏返ったあとでまた強さを保ったままならまだマシで、裏返ったままに萎んでしまう強さゆえの反動もままある。

萎んだとて、すべてを受け流せる己の精神力なら問題ないかもしれない。
萎んでしまったことへの未練を抱えたままでいると、精神衛生が荒むのであろう。

つまり、やはり、常に今の今を感じ入り続けるということ。
逃さず、逸らさず、振り返らず、追いかけず。

でもなかなかどうして過去というものは大きいのだろう。
明日になればこの文章も過去の産物で、私は一ミリも振り返らない。

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美しいビオトープ。
自然のままに生きられるというのは、飼われながらにしていかに矛盾を抱えた命だろう。
そういうものすべても私は愛したいし美しいと思っていたい。嘘じゃなく。







今日、久しぶりに雷の音を聞いた。
とても胸に響く音で心地よかった。

十代の病院に入院していた時の話。
昼食のあとこっそり敷地を抜け出て、近くの公園で木々を見上げてた。
きっと今と同じような季節で、新緑の深い季節だった。
雨がすでに降っていたのか、突然の夕立だったのかは覚えていないけれど、とにかく雷雨がやってきたのだ。

木陰にそっと踞りながら私は、あまりの勢いに「地球が怒っている」と強く感じ、そして
「もっとやれ」と思った。

雨の匂いと冷たい温度、空を割る雷の力強さ、すべてが恐ろしくすべてが愛しかった。
また木々の緑に守られている感覚が、私の気持ちを安堵させていたのも良かった。

あの日の午後がもうひどく遠くなった事さえも愛せたら。
決して戻りたくはないけれど、今は純粋な感覚であの日と同じように雷雨を感じられるかと問われれば、絶対にできない。

今もこうしてあの日を思いだしているように、あの日の雷雨、があればこその感受でしかない。

初めての感覚、記憶、というのは一体どれほどの衝撃を私たちに与えるのだろう。

それと対義する耐性や慣れや惰性、安定と刺激。

あぁ嫌だ。
いつまでも欲しいものだけを欲しいと駄々をこねていられたらいいのにね。

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今日の世迷い言。
雨がぜんぶ洗い落としてくれますように。












変化して移ろいいったあとまでも、記憶は残る。
記憶だけは変わらず在り続ける。

そういう事を考えていると、どんどん沈んでいく。
床に横たわる身体なら床の方へ下方へ。
シーツに仰向く身体ならシーツの底へ。

どこまで沈んでも自分の裡でしかない、と気づいて自分の愚かさを呪う。

今の私は内に向けたエネルギーが強すぎる。
外へ発信するには水田のパワーが必要なようだ。


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撮影 by manimanium


思考をやめない。





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