亜きら - 抒情の部屋 -

初めまして。 京都SMクラブ傀儡堂、京都バルバラに所属している亜きらと申します。 素敵な時間と世界を共有しましょう。

抒情


一人の画家のぞいてみんな画集もってるけど、大した学もないしただ主観的に好きな絵たち。

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好きなものは手元に置いておきたいし、嫌なものは即座に目前から消したい派。

それはさておき、タトゥーいれたのも、絵が好きで体をキャンパスにしちゃったってなようなものよ。




空想的な世界くらいは美しくいてほしいって思うでしょ、
現実に則した視界では個人の抱える悩みやらでバイアスかかっちゃって、

みんな見てる世界はばらばらかもしれない。

とかなんとか考えて大人になるのが怖くなって泣いてた子どもの頃。

SMにおいてなんとなーーく感じること。
虎と馬を心に飼っている人は、それを性的に再体験することで興奮を覚えるってことが少なからずあるなーと。
この話の続きはまたこんど。

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▲私いるばーじょん。

この絵たち、メジャーなものばかり。
ゆえにぜんぶの画家名言えたらなんかしてあげよっかな。褒美か滅びか綻びか、私が覚えてたらね。えへ。


「この世にはいない」って言葉、
今まで私のなかで別段の思い入れもなく、死んだ人を表す慣用句として至極普通的な。
なのに、
8年前に亡くなったミュージシャンの曲を聴きながら、

⚫⚫はこの世にいない。
ふっと目にした冒頭の言葉が突然、どうしようもなく悲しい言葉に思えてしまって、悲しくなって悲しくって悲しくて目から汁。

そこからだんだん思考が崩れていって、
この世ってなによ?この世じゃなかったらなんなの世?もといなんなのよ?あの世?この世にいない人はみんなあの世にいると思えば少しはこの世からいなくなることも、悲しいだけじゃないかもなぁ、お盆に帰ってこれるくらいやから近いんやろな、、

で、思い出したのは置いてきぼりの心細さ。

きょうだいと一緒に遊んでたはずの公園で、あっと思ったときには誰もいない。

ちょうどあたりいっぺんが橙色に染まってたのをよく覚えてます、はっきりと。
綺麗だったから。他人様やわんこ一匹の影も形も気配すらもぜんぶ消えた

そんな夕暮れにひとり。まるで広い広野にぽつんといるよであのときの寂しさったら、
この世にじぶんしか存在していないような、この世からみんな私だけを置いていなくなってしまった、そんな気持ちで諦めに似た絶望感を全身に感じていた6歳頃のわたし。

存在感がどこにも感じられないって、とんでもない恐怖。
存在自分の存在感なんて、じぶんひとりの存在感なんてちっぽけなもの
だとしても
じぶんの存在を忘れられるってことは怖いし悲しいよね。

その後兄貴と妹が戻ってきたので無事6歳の絶望は終わりました。
絶望した記憶ってのは今にも残るわけですから、こうしてこの世とあの世の話を真剣にできるのですね。すぎょい

ちなみに兄貴は私がいないことにしばらく気がつかなかったそうで。


この世からいなくなってしまった人たちの数を数えてたら、あの世も寂しくなさそうだっと安心したあとで、やっぱり置いてけぼりと思わずにいられなかったそんなもくようび。でした。

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たまに創作物語持ってきてくれるお人らがいるけれど、わりとああいうのすき。

ほいっと。
お顔にのっかる画像から。

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顔面騎乗。
ただ迫るお尻とその圧迫感、に陶酔する間に殺されちゃってたら本望だっと宣うお馬鹿ちんはどれくらいいるかはさておき。

呼吸管理による作用ってのはたぶんこんな感じ、
息苦しさに喘ぐ、気持ちいい、酸素の薄くなった脳みそ、気持ちいい、身体中の感覚が過剰になる、きもちいいいいい。→酸素欠乏→失神。
いわゆる落ちるってやつ。 
 
そこ。に、顔面騎乗で行けたら(落とせたら)楽しいよねって何気ない会話。
記憶のなかで宙ぶらりんにひっかかってるんだなーー。

実現したさまを思い描いてたら止まらなくなっちった。2828

ちょっぴり想像の域をこえて、もはや妄想が暴走。

たまにはいいよね。

▼下のようす
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▼上のようす
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そしてこれはこないだの集団調教でも活躍したびりびりちゃん。ふふ。




集団調教に関しては、傀儡堂までお問い合わせを。


私が好きなものの話。
レース。競争じゃないよ。
レース。
レース。
乙女の花園を、大人の女性バージョンとして描いたなら、花でなくレースの園となると私は思っている。今考えたけど。



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デニールの薄いレースストッキングはすぐ破れる。



セピアローターがすこぶる好きなこぶたちゃんがいる。
真夜中、京都駅近辺のホテルにて、まだまだ未知なる道を歩んでるといったところ。
興奮のあまりいつもなんでもすぐに欲しがっては、私の差し出したものを「それは怖い」なんてよだれ垂らして我が儘垂れるこぶたちゃん。

そのくせまた欲しがり、そして感じるこぶたちゃん。

はぁ。(ため息)
ブログに書いてほしい、ってお願いするくせに写メはだめなんて
ちんまくて生臭い汁垂らすち○こを載っけたところで誰もその人とわかるまいにね。
個体性のあるものは大体が写さないけれど。

こないだは拷問用とよばれてる乳首責め用のものを欲しがる始末。
そんな残虐なものに触れたこともないちくびのこぶたちゃんへ、
「これを使ったのはまだ数人しか私は知らない。」
と言って御預けにしたのでした。 



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谷川の俊太郎じーさまの詩、すき。




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大阪でのプレイ希望される際は、お早目に問い合わせくださいまし。






十三。
大阪。
SMのメッカと呼ばれていたところ。

私のいる場所。
からそう遠くないところにある、古びたサウナ。

看板より。
個室。
サウナ嬢によるソフトサービス一万円。

サウナ嬢…!聞き覚えのないふしだらな響き。
受け付けは23時10分まで。24時には絶対帰るぜという意志の表れの10分。

ここ数年、このサウナでのソフトサービスが気になりすぎて夜しか眠れないので「、私の下僕ちゃんに偵察に行ってもらったのでした。


───結果──
ハンドサービスによる抜きあり。(!)
Tシャツに短パン姿のラフなおばちゃん、「触ってもいいよ」
サウナは十三に三軒あるが、「個室サービスはウチだけ」らしい。

めちゃくちゃ行ってみたい。
寝洗いなる言葉の意味を体でもって教えてほしいくらいだわ。
中の写真がないのがすごく残念。

きっと個室サウナはこぢんまり感とした、アナグラかガランドウかと見まがうコンクリに穴あけただけで薄暗くて閉塞感いっぱいなんだろうなーーーー(適当)
でも、自由な空間だったとして、そんな淫靡な場所に閉じ込められたらナニしちゃおうと思っちゃうな。

夏はきらいだけど、汗かきながらのプレイいたすのはわりとすき。
私の汗一粒も欲しがっていたのは誰だったかしらん。


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私は、給食前に1巻を読むという完全な自殺行為を犯したゆえのトラウマすら愛しいくらいには、HDSのゲン派です。

それはそうと、
自分でスケジュール管理もできないで誰かの時間を奪取ましてや管理などできないです。ね。

あぁ、いつも時間枠から抜け出したいとか抜かしてるものだから。
私のあたまのなかから時間という概念がすっぽり抜け出したらどうしようと恐怖を抱いた2017年梅雨。

だって昔に学んだ公式はおろか、お世話になった先生の名前も忘れっちまうほどだもの。
反復記憶に反映されなければまもなくどこか脳内の奥か外側へんにぽアされます、いつかにお話ししたあのことも。
子どもの頃はめちゃくちゃ記憶力よかったんだけどな。
みんなは忘れてしまうことを自分だけ覚えていたっていいことねーーなってヒネちゃって、
忘れたフリしていたらいつのまにか、ホントのおバカさんになってました、なんてねそうかもね。そうなのよ。


ってことで強盗という隠語を孕む七月の出勤予定を。
しかし時間割でも作ろうかな。
せめてこれ以上時間枠から外れないように、、
でもきっと誰かが引っ張り戻してくれるよね。そうやろ?


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七月亜きら  

  • 3日(月)17-last
  • 7日(金)17-last
  • 8日(土)17-23    

 

  • 10日(月)17-last
  • 12(水)17-last
  • 14(金)17-last
  • 15(土)17-23

※既にご予約頂いてる場合など時間変更他あるやもしれぬので、詳しくは傀儡堂受付までお問合せくださいまし


ちなみに15日は私が楽しみにしている優雅な野獣の公開日であり、大阪のBlak Pearlさんの周年の日。

もちろんお祝いに伺います、ひっそりと。



暑いのも夏も七月も強盗も嫌い。

風情ある日本の夏はすき。

しかし人の多い祭はだめ。


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ばいばいさよならまったーね。



いじらしいちくび、とはなんだろうか。
たまによく聞かれる。

しかし、私の感覚的な境域での話なので
「これがいじらしいちくびです」
なんてサンプルも理想もないの。

視覚のみによるものでもないから、

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こんなのや

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こんなのでも。

わざとニュアンスをぼかしておぼろげな表現にとどめておきたい意味はあるかもしれない。

私がいじらしいと思えばそれがいじらしいちくび。
だって私なら、だいすきな人が「月は青い」っと言うのなら、それでもう月は青く見えるくらい。
そんくらいの気持ちでいたいもの。

慈しみ。けなげ。同情。憐憫。

「可哀想に、」と思うことが私の精神性において欠かせぬ快楽要素。
内的興奮がぞくぞくっとして、背筋にあがってくるあれがたまらんち。


こないだの集団調教、
げにいじらしげな私の様子。


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五感のひとつである嗅覚と、記憶が蜜月であることは、大人人間のあなたなら一度は聞いたことあると思うのでそこは割愛。


夕ぐれにただよってくる煮物の匂いとか、瞬時に子どもだったあの頃の空気に一変するよね。

夏の夕方のなんとも言えぬ、寂しいような胸がすっぱくなるようなあの雰囲気、空気感そのものの匂いもまざまざと残ってる。ゆえに夏の夕暮れはさみしくなるから花火するのよ。嘘よ。

と、まぁ空気や風で「あの時といっしょだ。」なんて当時の感情おまけつきで思い出すくらいには鼻が効くので、いちいちの匂いに記憶もふんわふんわと漂ってくる事多し。
(ノスタルジーを覚えることが、精神的快楽の一つの私としては願ったり叶ったりだけど。)
 
頭抱えるくらいに漂わせたいのはやまやまでも、鼻がいいゆえに自分の体の匂いから香水酔いすることも増えちゃって、あれもこれも飾り壜状態。

そんななか、今もまだ香りを纏う(この表現憧れる。)行為を叶えてくれるけなげな香水がひとつだけ。
どれでせう。ふふ。
 

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下半身につけるだけの密やかな匂いだから、もし香りを感じとれてたならそれはセクシー。



そしてやっとここからが本題。(仮)
私にとって匂いと同等の作用をもつのが音楽。
香りも音楽も雰囲気を雰囲気たらしめる要素という点では同じでしょ?

感情に働きかけるまでは大袈裟でも、自分のテンションがあがる曲って一つくらいはそれぞれ把握してるんじゃないかなー
やる気出したいときに聴く曲のような。タンホイザーーー!みたいな。

ある曲を聴いて、その曲をよく聴いてい当時の思い出鮮明に懐かしんだり
大好きだった人が好きだった音楽、という風になにげなく思い出すきっかけとして働く音楽さま。

美しいな。音楽はいいよ。音楽はいいねぇ。

だから、いつかの記憶によりよく残すためにもプレイの時間に音楽をとりこむこと、私はすき。
これがムードってやつなのかしら。
単純に、音楽で耳を塞いで聴覚を失わせる
こともすき。


女の子だと声がいつもより大きくなっちゃうって子が少なくないくらい、音楽に心寄せられるなら気持ちがよい。

自分の好きな音楽で耳を溺れさせながら、体はこちらに傾く勢いで迫るくらいの気持ちがだいじ。

とは言え、かえって耳障りに感じる事もあるし、これは私の超個人的主観と好みゆえに。
興味あればそっと伝えてくださいまし。

脳内ぱいんぱいんになる曲だって、それこそ主観のみの話だけどこっそり教えてあげないこともないかもしれない。
明日には忘れてるけど。

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ほんと下らない話。
元より胃腸と三半規管が弱く、すぐにお腹痛くなったり酔いやすい私めの性質がそもそも気に入らないふうの友人と車内にて話す最中。

これまた胃の調子が悪く、「げろでそう」とこぼした私に、さも呆れた様子で咎め立てするように彼女言った。
「30も近い大人がげろとか言うのやめや」と。

これがどうにも不可解で、スルーできずに「吐瀉物って言ったらいいの?」なんて笑って終わらせたもののわだかまりがモヤモヤ。
それをここで吐きだし。げろのように。合掌。

普段から綺麗な言葉遣いなわけじゃないし脳みそぷるんだし色々心配させてしまうんだろうけど、これからも控えるべき時でなければげろって言っちゃうよ。
スピードワゴンのゲロ以下の臭いがryって名言も思い出してあげて。

まだ、女の子がそんなん言うたあかんでしょーとかだったら聞けたかな。無理かな。たらればは無意味なので終わり。

それにつけても上記の彼女のみならず、まるで世間と年齢を両手に抱えて生きてるように見えるのは、
私には息苦しいてならぬ。

(一般的な年齢イメージとか)に己を擦り合わせるのってWhy?
年齢はある程度目安ではあるし、というかそういえば個人差に左右されることのない唯一のものかな。 
一年ごとに一つの歳。平等に。

そうして死ぬまでカウントアップされていくあいだに、生ききらなきゃいけない、みたいなの、やっぱりだめ。
惰性に生きるのは嫌だけど、倦怠はきらいじゃない。


それはそうとSMプレイにおいても、言葉遣いといえば大事な要素になるだろうなと思う。

んだけど、教科書のようなものや様式美すぎるものが苦手。
自分にはできないから、やってのけるひとに憧れる。

脈絡なさすぎて自分がつかれちった。

私の言葉に深い意味はほぼない。ゼロ。明日には忘れてるかもしれないし今なお覚えていることもある。
ただ時に
伝えたいと思って口にする言葉ほど、みんな聞いてなかったり。たまによくあるよね。
 
その言葉の理由と意味をいちいち推量してたらきりがないけれど
がらくたのすきまに時に大事なものぶっこまれてるのが世の常よあなた。




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