亜きら - 抒情の部屋 -

初めまして。 京都SMクラブ傀儡堂、京都バルバラに所属している亜きらと申します。 素敵な時間と世界を共有しましょう。

抒情

たんじょうび。
足を運んでくれた方、お祝いのメッセージくれた方、みんなおTANK YOU♡

去年よりもひとつ出来ることが増えてたり
一昨年よりも少し自分のこと好きになれてたら、
それでいいなっと私は思う。

反面、昔はできていたことができなくなってしまうのはとても悲しい。
然しそれも起こりうること。けっこうな頻度で。

生まれたら、そこから数えられていく自分の生きてきた年数。
自覚がなくてもその頃になれば発情して子孫を残していく動物と違って、

ヒト科は意識していないと、この年齢では何をする、ってことが見えなくなっちゃうんだろうなって。


見えなくなると、動物と同じになるのかと言うとそれは違って、
きっと動物になりきれなかったヒト科か
ヒト科になりきれなかった動物、のような様相を呈して生きるのは嫌だなってよくわからないはなし。

私は、たぶんここにいなくても私だけど
みんなにお祝いしてもらえる私はいなかったはずだから、
今の私は幸せ。ってことだな。

かしこみかしこみ。

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年末にかけて、年忘れSM忘れないようにしなきゃね。

私が小学生の頃好きだった歌を、久しぶりに聞いたらやっぱりすき。
眠り歌のような、揺籃のような心地よさ。
ゆーみんが歌うやつ。

誰かと眠るとき、心臓の鼓動の音が聞こえると安心するし、それが自分の鼓動と重なってどっちがどっちの音かわからなくなる瞬間を思い出す。
心地よくてふわふわ。
胎児の頃の記憶なのかなって少し楽しい。

安心したいんだな人々は。
一人の人間ともう一人の人間のあいだには、細胞すら行き来するくらいくっついたってひとつになれない壁があるから。
さみしいから。
夜が暗いから。
いつか死ぬから。
こわい。不安。そんな怯えをうそみたいに消してくれる安心感、いいくすりです。

安らぎ。そよ風。
しかし安心感と刺激を同時に手にすることって、たぶんできない。
対義語でもいいくらいと私は思うくらい。
の、はずなのに、苦痛や責苦を甘受したその後で、安らぎに抱かれたように安らかな顔を見せる人達が多からずいるね。

大泣きしたあと眠くなるようなものかしら。


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たまにバルバラにてセックストークが盛んな夜がある。
最後にしたセックスはいつ?なんて問われると遠く忘失した記憶は役立たず、
最後に海苔弁食べた日を思い出す方が容易だってはなし。

今までいちばん気持ち良かったプレイまたは性体験は?ってな類の質問ももはや倦怠、飽き飽きでしょ?
それに今のいまがいちばんでなきゃ私はやだ。
自分にとっても相手にとっても。

ただ忘れることのできない感覚なら、ある。
もしもそれに執着したり追体験したがるとすれば、本質的なマゾヒスティック性となるのかもしれない症候群。

実は、私は海とセックスしたことがある。 
なんてなことない、夕日迫る波打ち際に友だちと足をのばして座っていると
ちょうどお臍あたりまで押し寄せる波が引いては返し、またお臍まで濡らす。
その感覚がまさに「あ。わたし、セックスしてる!」
と思わず叫ぶくらいめちゃくちゃ気持ちよくて、見ると友だちも同じ感覚を共有してるってすぐにわかった。

ほんとは同じじゃなかったにしても、こっちが共有してるって思えるだけでそれはもう同じこと。 
海とセックスしてる感覚と、それを友だちと共有してる感覚、どちらも私にとって受動的な最高の快感だった。
今でも。

脳みそなんて低スペックなハードだから、なんでも人生すべて思い込み。
だって、私たちが私たちでいられるのも記憶の蓄積された構築でしかないと思うもの私は。
自我なんてあやふやなもので、これは自分の記憶なのか誰かの記憶なのか、定かでなくなるような記憶のすり替えもよく起こるはなし。 

自分自身を忘れたら、それは私と言えるのか、と無駄に考えたこと数億回。

記憶喪失になったとして、それまでの自分と、そこから構築される自分とを比較するための実験があればいいのに。

要はセックスもとい性的行為なんて思い込み、ってことよ。 
脈絡ない話を脈絡なく終わる。

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めちゃくちゃ落ち込んでいるときに、「虫と自分の存在の違いってなんだろう。」って哲学った事がある。

帰路をとぼとぼ行く途中、煙草を吸うため立ち寄ったコンビニでの話。
コンビニの壁面ガラスにくっつく、ミドリ色した羽虫を見つけた。
意味もなく夜の灯りに集る虫たちとは違って、ただじっとそこにいて、もしかしたら昆虫だったかもしれないミドリのはじめて目にした虫。
煙草を吸いながら、なんとなく見るともなしに見やっているうちに、この虫と私の違いってなんだろうって思った。

地球に存在する生物としての違いとかでなくて、この世界にいて何が違って私は虫じゃないんだろう。といった、子どもじみた哲学的な素朴な疑問。

悲観的な心境だったので、そんな言葉が脳内に浮かんだのだろうけれど。
その時分かったただ一つ確かな違いと言えば、虫はこんな疑問抱かないってこと。

知的生命体なんて、SF小説なんかでしか見ない言葉だけどそんな単語を思い出してた。

私がこっちの側で、あなたがそっち側なこと。
それになんの意味もなく、ただそうあるだけってな話。


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▲この引用は、私の心の詩人、リルケから。


久々にAダルト作品を見てムラムラきちゃいまして。

題名は恥ずかしいので伏せるけど、元セクシー女優の琥珀うたちゃんが主演の作品。

なんとなくCSで放送しているのを見ていたら、チャットをとおしてバーチャル主従関係のもと、実際的に奴隷側が命令を実行する話で。

ストーリーも展開も音楽も劇的なのでついつい見ちゃったのかな。

主人公は義父にレイプされた過去から、男性恐怖症であり、またそれを思い出すことでなにより興奮を覚えるアラサートラウマ系M女ちゃん。

そして母親に虐待を受けながらバーチャル御主人様を演じるインポの病ンデレ系少年。
この子がまたかわいいの。

そう、年下に命令され隷従する年増という淫乱極まりない展開。

そしてそれは私が日頃行っている関係性の反対だな、と気づきまして。
色々と興奮しながらも勉強させていただきました。

ヲチとしては、少年が母親を刺したり色々あるんだけどまぁインポとトラウマ克服してセックスして終わりですよ。
「BADEND来い」と割りと本気で念じたのに効かなかったです。

私の魔力もまだまだだな。
少し腹がたったので唐揚げ食べてやったぜ。
後悔など。背徳感が、より快感を増すでしょ?
そして「やめなくては」と思えば思うほど、その心がより依存を加速させるのよ。とは私の持論。

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まっ秋の夜の夜迷言、もとい世迷言。


10

長時間プレイにて時間割りごっこ。
参考資料もそえて。(冗談
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まずはHRでこれまでの振り返りや目標なんかについて、臨床心理士ばりに聞き込みもとい話し合うところからはじまり。
朝の会とか朝礼とか、そんなようなの。懐かしい、懐かしく楽しかった。

お相手である内面に潜ませているモノが窺えるのに自分ですら杳として掴めずにいるエフ氏(星新一より)の、プレイを重ねるにつれ精神性の滲みだすように少しづつ剥がれていく殻というか鎧というか。
云わばそうヤドカリ人間。そんなヤドカリ人間が真人間の道へと辿っていくサクセストーリー。

変容していく己にびびりながらも自分が一体どうなってしまうのか「その先が知りたい!」精神旺盛のエフ氏には言ってなかったけれど、「きょうで丸裸の生エフ氏にしてやるぜ」と心の箱庭ぶっ壊すことが私のひそかな目論見だったのだ。

心の箱庭、土足で踏み込まれたくない自分だけの領域。あるでしょ?
私も猿もエフ氏も誰もみんな心の奥っかわにあるもの、だけどずっとそこにひとりぽっちでいすぎると間違いやズレが生じやすい上に気づけないという。恐ろし。

ずっと内側でしか生きないってなら問題ないんだろうけどね。
そんなことしてちゃんと、社会生活営めないもんね。

なので人と人の間で生きていくためにも、自分だけの世界と外界とがちゃんと繋がっているかとたまには確認しないとだめ。
(持論)

つまり「自己を見つめる」、などと供述しており…
なんてつい茶化したくなるこの言葉の意味が大事。

そこで私の好きな言葉に言い換えると、
内省。内で省みる。これ。
なんと日本らしく美しい言葉でしょう。

しかして内省も
過ぎればナルシストに成り果てるけれど、自分の内で深く静かに思考するイメージ。

エフ氏はと言えばまさにplayback
.
いつもの反省会よりもちょっぴり真面目に、時間割りさいごの
終わりの会にて。(終礼!)

私とのプレイを振り返り追体験していきつつ、自己の興奮ポイントや感情の振幅、心の機微を把握していくことがやんわりとした目的。


いかなる作用が働いて自分の裡に影響を及ぼしたのか、脳みそ開けたってわからないことを思考する。ひまなの。
同情、共感。否定。感情の起こりは大体これらが多い気がする。
生まれた感情の行方も私は見失いたくない。

ずっと頭回して考えてたら、ある日突然に「そういうことか!」と閃きが啓示の如し。
例えば今日理解できたことがあれば
それまで見えなかった景色が見えたり、まるで感覚がひとつ増えたようだったり。

さて?2時間目,3時間目の苦痛のじかんを乗り越えて、エフ氏は3カ月ぶりかに射精と相成りました。

そして。到達できたのかしらん。


結果として、私の目標のぶっ壊すほどまではいかなくとも天地ひっくり返すくらいにはできたかな。なーーーんちってね。









先日の、香深さまんとの3Pのこと。
知った仲であるお二人にのっかるぜ!くらいに構えてたはずやのに、ちゃっかりわくわくうふうふしちゃったこの日。

それにつけても、この上からのアングル、たまらんわーええわ、すごくええ。


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自らを俯瞰で見ることがないし、絵的にオペ風なようで、どことなく猟奇殺人が行われてるかのように見えて終えてからも楽しいプレイでした。

▼より色を怪奇っぽくして遊ぶ
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いやはやポスターにして売れちゃうなこれは!
 
そしてさらなる極めつけはこれ↓
私のおきにいり♡
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のぞいてはいけないお部屋を見てしまったみたいでしょ、ぞくぞくしながらただ食い気味で見入っていたこの時の私。

できればずっと見てたかったーー
だって、
覗き見と言えば横溝正史の蔵の中、それを思うや逸る鼓動。
蔵の中の物語が眼前の光景に重なるようで、こりゃ淫靡と言う名のロマンティックが止まらない状態。
ゆえに妄想か実際的かわからなくなる結末よろしく、曖昧なエロチックさに溺れたいっと欲を貪りたかったのでございます

…まさかそんな卑しい精神は頂けませんので、現実か夢か第三世界か定かではないそのplayへと、舞い戻って候。

さて蔵の中は、胸を病んだ青年が主人公の元へ原稿を手にやってくる場面からはじまるわけですが。
人間椅子と似ていなくもない話の展開でありながら、全くちがう。
人間椅子が狂った人間の物語とするならば、蔵の中は死にきれず幽霊へと化したものの物語、くらいの差。たぶん。

言いたいのはそこではなく、最大の違いは病みがちの青年の登場である。
天草四郎を代表に、小説あるあるですよ。
影のある少年、とかね。
乙女であれば誰しも抱いたことのある云わば幻想の存在。 

今となっては実際問題、病んでガリガリの骨々おじさんか、病んで多脂肪気味の無駄に色白おじさんしか知らないし彼らをひたすらかわいがる日々。(ちょっと嘘)
私が出会す類いの病んだ中高年の話で今日は、終ワリ。
 

▼気分転換に、
さらに遊郭色町風な色合いにして楽しむ
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おきゃん♥なレターセットをどうしても使いたくてこうなりました。

06

なんだろう?
昨夜かその前の夜または前々の夜頃。からとたんに、ぐっと冷えるようになって秋の向こう側の冬にまで思い馳せちゃったのかな。
中島みゆきと井上陽水が聴きたくなったものの少ししんどくなって、たま。さよなら人類のね。
たまについて語るにはまだ早すぎるので、とりあえず無性に暗い音楽聞きたがっとると言いたくて、
つまりそういうしっとりした秋の気配に感情を寄せて行ってるのでは?
なーーーんちってね。。

言っても小1の時の好きな歌は「コンドルは飛んでいく」だったし、いたって通常運転。

秋と言えば、いいいちご。1115、わたくし亜きらの誕生した日ですなの。
いいイチゴの日ってことで11月15日♥

初体験。無条件にエロチックな響きをもつ言葉。でしょ? 

いちどそれを経験すると、再びあの衝撃を味わいたい、もしくはあれ以上のナニカがあるかもしれない、と誰しも「初めて(やその頃)」とおなじ衝撃を追い求め続けるふしぎ病みつきの感覚。

ところが耐性ってやつは恐ろしなるかな、初めてと同じままでは衝撃を弱く感じるものなので、必然的に「はじめてを超える」衝撃を追い求め続けなければならず。
そしてそれはそう容易に非ず。もちのろん。
しかしそれでも忘れられないモノ。あの感覚。あの興奮。
あぁあれを思い出すだけでもううずうずする、そんなヒトなんて腐るほどいるでしょう。

一度知ってしまったら
どんな体験であれ感覚であれ、知らなかった頃には戻られないもの。

記憶のなかから流れでてしまったならどうしようもないけれど。
そう記憶。
私が、「こんなの初めて。」なんて清楚系ビッチが演技がましく言いそうな臭い言葉を良しとするのは、より記憶に残りやすいと思うから。

昔から、私と会わなくなったあとを想定して
「どうしたらこの人の記憶に残れるか」とばかり考えていて気づいたこと。

印象的な記憶ほど消えず残りやすく、初めての体験とはそれそのままだってこと。

と、ここまで下書きしていたところで本日の集団調教にてあの台詞を口にしていた人がいたのでした。
タイムリーすぎて口笛ふきかけたのはないしょ。


今日は別にして、
「こんなの初めてでした。」と上気した顔で興奮over気味に報告するパターンと、うわ言のように「初めてで…」と繰り返すぼんやりパターンとが多い気がするな。たぶんな。

初々しさにこちらが満たされるわけでは決してないので、間違っても処女童貞ぶったり純潔を履き違えたりせぬやうに。

そりゃあ、
「こんなのはじめて。」
なんて目をうるうるさせながら、あるいは乱反射のごとくきらきらと瞳輝かせながら綾瀬はるかが言ったのなら、私はもう純潔最高!と手を叩いて喜ぶわ。
そして無言で処女厨になるわ。

この手で私の好きなようにしたい、と望まなくともそう歩んでいる姿を見ていると心のはじっこらへんで、恐ろしさと切なさと心強さを覚えるよ。

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▼これは私のすきな詩から
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9月も半ば、すっかり秋めいた夜風が心地よいですね。
さて秋深まると私がなにかにつけて情緒を揺さぶりだしますが、
例年どおりセンシティブさに磨きのかかるきせつとなりそうです。





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「あれ?なにかいい匂いがしますわ」
同じかおしてるようで芥はわかってません

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どこだろう?なんだろう?

おかしいな~、
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まさか…

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「貴様だったのかよ!」


↑てな具合にいつもアテレコして遊んでいるわけですが、当たらずとも遠からずと自負っております。
 

▼みーさま。  
おでぶロリ系 
母子感染による猫エイズキャリアと判明し、激甘SweetSばりに溺愛したかいあって性格はまるで世紀末の女王。
私以外誰にもなつかない。ふふ。

▲芥
ゲイ疑惑のある玉無し。この世に生まれて2年足らず。おバカ。
宅配のお兄さんに寄っていきがち。
芥川龍之介から拝借した「芥」とはゴミを意味し、ごみくずでも一生懸命生きてるよって思いを込めてつけられた素晴らしい名。

何が言いたいかというと、、
ねこどもがかわいすぎるやろ?そうやろ? 


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