亜きら - 抒情の部屋 -

初めまして。 京都SMクラブ傀儡堂、京都バルバラに所属している亜きらと申します。 素敵な時間と世界を共有しましょう。

私の何を知ってるの?
わたしはあなたたちの何も知らない。
知った気でいるだけ。
至って流動的な関係性のなかで、なにかを知ることは刹那的であると同時に切な的。
淫靡でなく、隠微でいたい。

水は上から下へ流れると元に戻られないけど、それとは違うのはこの関係性の流れには意思が横たわっているということ。 
だから流れたあとでまた、過ぎた場所へ帰っていける。

単純に嬉しいよね。
どんな変化を伴っていようと、なんら変わっていなかろうと、迎えいれる。
ここにいるあいだは。

私と二人での空間にいるどんな時間も、本人の意思なく成り立つ時間はないから。  
24時間のうちの大事な時間。
最近、強くそれを思う。
ただ失わせてしまったと思う時間もないわけなくて。
何ができるのかって。
思いながら、今夜もあと少しの誕生日のことを思いながら眠る。

▼最近の出来事たち。

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して、今月15日から17日はわたくし亜きらとACO、いずなの3人合同バースデーをバルバラにて行いますゆえ。
私といずなちゃんの年の差が歴然たるもので驚愕だけど、お祝いにかけつけてくださればこれ有り難き幸せ。

誰かを殺したいと感じたことはありますか。

私は以前、ブログにて、SMプレイや愛しさのあまり殺したくなる衝動は一切もったことがないと書いた。
むしろ殺されたいから。
お前が私を殺してお前が一生私に苦しめ続けられればいい、とかそんなのを思ったり思わなかったりSMしたり。

しかし、である。
殺意たる殺意をもってひとりの人間の命を奪いたいと強く思ったことがある。

十年程前にもなる。

結論から言って、当たり前に殺してはいない。
ただ、稚拙な殺害計画を何度も頭の裡で繰り返し、貴様を殺さば我がまっとうに生きられぬ、とまさに人を呪わば穴二つの憎悪を抱いていた。
若かった私は一時の激情も波がひくように鎮まると、すべてを忘れた。考えないようにした。
そうしてあるとき気づいた。
その人間を許してしまっている事に。
かなりの衝撃だった。
許してしまっている自分に嫌悪を覚えるほどに、殺害計画の相手になんの感情もキレイさっぱり失せていた。
雲散霧消。

怒りや憎しみの感情を持ち続けるのはエネルギーを要するとはよく言ったもので。
また、愛情の反対は無関心、も上に同じく言い得て妙。

とにかく、私は、人を殺さずにすんだのだった。
代わりに、数年過ぎたのち、夢で人を殺す体験をした。
実に現実感の尾を引く夢だった。
ある一人の人間を、傘で突き刺し、水、恐らく川に落として殺害という犯行。

すぐさま発覚、捉えられ、なぜかどこか学校の昇降口にて私はいた。
件の傘の先で視点の動くさまを捉えながら、また家族に迷惑かけちゃうなーと朧気に思った時。
なんで殺したんだっけ、と考えて慄然とした。
何の理由なく人を殺したという圧倒的な事実が恐怖となって襲いかかり、自分が圧し殺されそうだった。

何の恨みなく誰かの家族を奪い、自分の家族を悲しませ、自分は幽閉される。
そう恐ろしい焦燥のまま目を覚まし、しばらく現実に戻ってさえも呆然としたままだった、あの恐怖を私は忘れない

エア人殺し体験の恐ろしさ。
それのみを書き出しただけだった記事でした。
加害者の家族も被害者、という簡単ではない話。
乃南アサの被爆や宮部みゆきの理由、を久々読みたくなった夜。

そんな秋の夜長の亜きらかな。
悲しくなったらSMしにおいで。

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すべてこの世は夢であれ。
この意味、わかる?


今夜の話、初めてバルバラへ来店されたお客さまと話していてふと質問されたこと。

「緊縛ってなんで緊って次なん?」

一瞬間言葉が詰まってしまった。
頭で考えたあとで私は、うろ覚えながら、「緊という字にも縛るという意味があったはず。」と説明したものの不安だったので改めて調べてみると、やはり上記の意味合いだったよう。ほっとした。

そこで今さらながら緊縛という字や意味や単語を噛み砕いたブログを書こうと思いついたのが今。

緊縛と似た言葉でいえば、捕縛や束縛など色々あるなか、繋縛とという言葉が私は個人的にすき。
は手枷と足枷の意味、およそ比喩表現で使うものだけど。
ボードレールやゲーテなんかの海外の詩の翻訳で出てきがち。
そして繋縛、この言葉はねえ、素敵と呼ばずなんと呼ぶと言うのか。
SMプレイヤーならずとも心惹かれる言葉。だと思います、というかそうでした、過去。

繋いで縛る、本来は煩悩や俗世の諸々に囚われているという仏教用語らしく。

しかしこの繋ぐ、という言葉には否定的な負の要素が感じられず、それゆえ"繋ぐ為に縛る"と転換され、繋縛という言葉にはどこか愛情すら覚えるのです。

ちなみに捕縛の捕らえる、という単語よりも、"拐う"(さらう)の言葉のほうがすき。
さらには、拐かす(かどわかす)、と表現されたほうがもっとそそられる。きゅんと。

同じ意味合いの言葉でも、単語が違えばその人によっては表現や伝わり方が変わる、と思えば言葉責めも奥が深いですね。

おちんぽなのかちんこなのか肉棒なのか男根なのか屹立したものなのか陰茎なのか。
なんと呼ばれれば興奮と至るのか、なんでなくとも興奮するのかしないのか、人それぞれ。
まぁ、その人それぞれ、で済まされるパーソナリティなる部分がいちばん掴みにくく厄介、よって繋縛したくなる。なんちってね。




傀儡堂の九月の予定が下記と決まりました、
ようやっと出勤できるーーー。
SM欲だとかはよくわからないけれど、こう内側の何かを対象にはねつけたい衝動が逸る。

18日(火)13時~20時
19日(水)20時~last
20日(木)17時~23時

22日(土)17時~last
23日(日)15時~21時

24日(月)17時~23時
25日(火)17時~last

27日(木)17時~23時


少し変則的ですけれど、立秋の頃に仕立てるサディスティックはいかがでしょう。


そして、私亜きら、姓を冠することに相成りました。
水無瀬 亜きらで御座んす。
以後お見知り置きを。

水を愛してるから。だけど人間はやはり水際までしか侵しちゃいけないと水を畏怖する私でございますから。

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問い合わせは傀儡堂までもしもしを。

川端は康成のせいで処女崇拝な思考汚染
がドイヒーな亜きらです。
皆様おはこんばんちは。

それはそうと現時点での亜きら的今年の顔と言えば、ノミネートは唯一人、気象庁のあの人。
災害続きで気象庁の記者会見が珍しくなくなっている2018年の夏、あの人はそろそろお疲れ顔で、もはや半笑いの記者会見以来心配で仕方ない今日この頃ですが。
その記者会見やニュースでも今年やたらと耳にする、
「今まで経験したことのないような○○」や「前例のないナントカ」という台詞。
あぁ、たまらん。

それを誰かに言われたい言わせたい。
つまり、初めてを奪いたい。
そうです私が童貞キラーです。て、やかましいわ。

初体験キラーなのは間違いないけど。
Akillerだけに。ふふ。

何故?って、簡単明白、あなたたちの記憶に残りたいから。
火を見るよりも明らかなこと。
忘れられない何かをそこに残したい。捨て置きたい。
自分を忘れられるより早く記憶化させたいから、なんらかの初めてを奪う。

いつでも、どうやったら私と会わなくなったときに私の存在を忘れずにいるだろう、そしてどうすれば私を思い出すだろう。
と、そんな事ばかり考えて行動してる。
あ、いつでもは嘘だった。かもな。

だって、いずれ自分は忘れちゃうから。
相手に映った自分のことなんて、相手が見ていた自分のことなんて、すぐに忘れるから。考えなくなるから。
だから覚えていてよ。

って例によって私はジャイアズムを愛するが故に。

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夜の、止まったように見える川がすき。
そして真上にある白い月がすき。見上げていられれば、ここが底だって安堵するから。
すべてなんてことない、ちっぽけなものだって思えれば、自分さえ愛しく思えるでしょう。

秋になれば私の憂鬱で倦怠な心癖は加速する、毎年ながら。もはや風物詩とお呼び。

2018.8.31 

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