亜きら - 抒情の部屋 -

初めまして。 京都SMクラブ傀儡堂、京都バルバラに所属している亜きらと申します。 素敵な時間と世界を共有しましょう。

やっぱり平成最後って言葉は言っておきたい。
九月の末に京都へ居を移してから、僭越ながら、忙しい日々が続いていまして、どちらかと言うと会えなくなったマゾっ子達も多いです。

それは悲しみでもありながら、時の流れの変化であることを受け入れ、自分のなかでどう変容させるかってところ。

近頃、SMにどう対峙するかを脳内で考えすぎている気がして、楽しくPLAYできる自信がないと、正直逃げ腰だった。

嫌な訳じゃないし、まさに楽しく「PLAY」する其れそのものと感じる時間もあるのだけれど。

こんな有耶無耶がないとやってられない、
発散するものがないと走られない。

追われつ追いつ、惑いながら、先に立つ。
振り向かない。嘘。たまに微笑み返してあげる。

そんな時間の積み重ね、日々であればいい。
たぶん。

こんな水無瀬 亜きらだけども、2018年もたくさんありがとう。

私と十秒でも時を交えた全ての人に感謝と幸を。

2018年最後の懊悩。
世迷言。

すべて置き忘れる。
そして築き蓄える。

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Thak U for ALL🖤

言い訳すると、最近京都に移ってきてから、時間の操作がまだ上手くできずblogる言葉が降りてこなかった。

私は日々、思考や、「なぜそれをしたか又はなぜそれを言ったか」、という事に重きを置いて他人様と折衝若しくはマゾ様とplay致している身ゆえに。

言葉を捨て置きたいのだ。
自らの裡を言葉で表現することができなくなったら、それは自らの死と変わらぬと思っている。大袈裟に言えば。

さて、以前より私はレースが好きと公言している。
どこかのblogで綴ったこともあろう。
おフランスとイタリアンレースの繊細さ、か弱さ。
まさに女性性を纏うに相応しい美しさ。

その反対を行くのが、鉄。これまた私の愛するステンレススチールは、実直であり男性的な底力を思わせる。
それがゆえに憧れの意味もあって恋い焦がれると私は思っている。

そしてこれらを思えば、どこまでも水は中性的。
鉄を切ることもあれば、柔らかな素材を優しく洗ってもくれる。
流れる水の音に心静かとなる澄みやかさ。

この世は美しい。(今おもいついた)
たいてい、この子、俺の事好きなのかしらっと恋するのが男子。
わたし、この人の事好きなのかしらっと恋はじまるのが女子

上記はすべて持論でありんす。
悪しからず

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明日は満月。変態性高めるもよし、月を愛するもよし。亜きらを思い出すもよし。
🌜

死ぬのが怖い。
死んでからが怖い。無になるのが怖い。
だけど死にたくないわけじゃない。

命を終えた人達は誰も教えてくれないから。
どこにいったかわからないから。

どうして、この機能を失った体はもう動かないんだろう?
と、横たわる遺体を見て考えた時、ほんとうに恐怖した。
焼かれてしまえば、なんの感情も残さないのに。
それこそ煙となって霧散してしまうのに。

何の為に生きてるとか、そんなことはどうでもよい。
種の存続以外の理由がどこに要るというのか。

増えすぎれば結局危ぶまれるゆえに、自ずから調整し間引いていくアブラムシや17年蝉を見ていれば火を見るより明らかだもの。

また、そこらの虫と自分という存在の違い、差がわからなくなって意味の無い思考を錯綜させてしまった。

だって、いつか死ぬると分かっていても愛さずにはいられない猫たちや魚たちもいつか死ぬんでしょう。

あなたたちもあなたたちの好きな私だって死ぬもの。
じゃあ、それまでの時間に残された猶予とは時間そのものだけでなく、すべての行為感情思考感応交感感覚。
すべて消耗品。

手にするものも、その手でできることも、幾らもないかもしれない。

という世迷言。

昼間に聴く憂鬱な音楽は、嫌いじゃない。

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31歳だから。サーティーワンのアイスケーキを食べた。
溶けかかったそれはとても甘かった。冷たさは失われぬまま。 

遅ればせながら、11月15日からの三日間のバルバラ合同バースデーイベント、大盛況にて誠にありがとうございました。
恐悦至極。

ありがたや。
私は傀儡堂でミストレスとして在籍する傍ら、バルバラスタッフとしても働く身ゆえに、二つを同じくして時を刻むのは身を二つに割るより他ない。

よって、毎年この誕生日期間は、どうしてもバルバラ一辺倒になりがち。
が、そのなかにあっても、傀儡堂の水無瀬亜きらのみを知る子たちがバルバラを介してお祝いしてくれたりと、ほんとうに感謝に堪えない。
ありがとう愛してる(およそ)。

誕生日中の思い出の一ページを綴って、最後とします。
私を忘れそうな諸君、私はここよ。

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十二月は悲しい。冬がきたとわくわくする一方で、寂しさの募ることがまた悲しさを誘う。
そして胸が高鳴る。
まるでリルケかシェリーの詩集のような。

美しい感情の行き交うSMがしたい。
それがなんたるかは知らぬが、知らぬがゆえに身を持って知らしめたい。自分に。誰かに。そこの野良猫またはきみに。

では。

人と人が時間をあわせて、同じ空間に存在すること。
意思の疎通なしに成り立たないこと。

そこへ付随する、各自のスケジュール調整や金銭的事情など諸々を鑑みて、お互いが「会う」ということに発展する。ものだと思ってる。
偶然の邂逅や例外もありきとして、上述が大前提。じゃない?

そのなかで、「会いに来ました」という言葉はとても強い。
強く心を打つ。
私に会うために、前後の時間を消費してこの地へ足を運んだ。
その事実だけで脳内射精できるくらいにはエモーショナル。
過言ではない。

そういう言葉の続いた一日があった、私は感激した。
心の振れるタイミングは、自分でもわからない。
頭のなかなのか、胸の奥なのか、どこにあるかわからぬ心だからこそ量り知れない。
自分のものでさえ。
況んや他人の心をや。
ゆえに推し量る。どこまでも見透せないから。
水のような、どんな形にもなれるのに触れたら感触のなくなる性質に憧れるけれど、やはり温かみはあるがいいね。 


今日の世迷言。おわり。
今夜の切れそうに細い三日月は童話的で大すきだ。
弓はり月。だって。



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ねむれないさめ。

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