亜きら - 抒情の部屋 -

初めまして。 京都SMクラブ傀儡堂、京都バルバラに所属している亜きらと申します。 素敵な時間と世界を共有しましょう。


無駄に、ほんとにただ無駄に色々なもの、感覚や感受性が敏感な私は、悪夢をよく見る。
金縛りに遇い、恐怖を人一倍感じ、また質の悪い眠りにつく。


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しかしながら、悪なほど敏感なために、それが良い働きをすることもある。
水でイケる。
それはまさに静かな性的快感。

それと同等するものに、私は音楽でもイケる。
脳内が「気持ちいい」に浸される状態を、脳内射精と私は呼ぼう。

その時の精神心理にカチッとハマる音楽に出会ったとき、私はワンリピの女王または鬼と化し、延々と一曲のみを聴き続ける。

そうすると、自分の心象風景に落ちていく感覚を味わう、道を歩いていてもバスルームにいてもどんなときも。

どんどん裡に沈んでいくほどに、脳内へ背骨からぞわぞわと何かが這い上がってくるように、静的快感。

ひどくダウナーな。

そしてまたカチリと音楽が自分とズレる時がきて、再び合致する曲を求める。求め続ける。

なんだか、上手く文章で表現できなかったのでここらで諦めようと思う。
ただ一つ言えることは、その時私は濡れている。

雨の春の世迷い言。

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photo with ACO

岡崎は京都市動物園、に住まう百獣の王のライオンは、国内最高齢に達する25歳の誕生日を迎えたよう。

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その名もナイル。
私が初めて見たのは昨年京都に引っ越してきた十月のこと。

余りに痩せ細り、百獣の王の威厳は風が吹いたら消し飛びそうな灯火そのもの。
つまり命そのものの最後を感じずにいられない姿だった。

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それでも咆哮するナイルじーさんに、地の底から鳴り渡るナイルじーさんの声に、私は惚れてしまった。

最期を見届けたい。
京都市動物園でも安楽死は避けたい旨を主張している。
ゆえに、時間があればナイルの顔を見る為に京都市動物園へ足を運ぶ。

野生ではライオンの平均寿命は15年、飼育下でも20年。
それを思えば25歳のナイルが超高齢ということは明白。
雨がしとしと降る日や寒い日には早く厩舎に戻ってしまうため、会えないこともしばしば。

それでもたった600円でナイルじーさんや他の動物たちのQOLに貢献できるのなら、私は年パスは買わない。
水族館の年パスは買ったけれど。
しかし値段が動物園のほうが幾らも安いのだ。
ナイルと動物園の未来の為に動物園の年パスは買わない。

猫科の猛獣。
我が家の小さな猛獣たちへの愛も数えあげればキリがない。
いつか終わる命だっと考えるだけで泣きそうだけれど、いつか終わる。
みんな終わる。
ナイルじーさんもみー様も芥も拾ちゃんも私だって、そこの誰かでさえも。

いつか一人ぼっちになったときに、幸せな時もあったんだと思い出すような最期にだけはしたくない。させたくない。なりたくない。

正しいひとつのこたえはないはずだから、自分の思いだけは失わないようにしたいね。




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14

セピアと指一本。
これで痙攣が止まらなくなる。
それだけ。

桜に集る人々に混じられない。
こぶしの花が好き。

川に沈みたい。
水槽をずっと見てると、羨ましくて悲しくて仕方なくなる。

どうしたって人間でいたいのは絶対的に私だから。
人間であるがために性衝動に苦悩するんだと思えば、それを謳歌せぬ以外選択の余地はない。
と、Mゾヒスト達を見ていていつも思い知らされる。

パープルムカデな気分。







一年前の今と同じ頃、自分は一体何をしていたか君は覚えてるか。
私はおよそ今と変わらない、大抵の人がきっとそう。

ただ絶対的に違う去年の自分と現在の自分。
違いとは。
惰性的にSMを楽しんでた。
縄の技術で言えば今の方が手にしたと思う。

色々ごちゃごちゃ脳内錯綜がひどいのは今。
ただ正直に話すと、去年の夏頃まで私は幼稚的に陰鬱を愛してた。
病まいに罹患したがってたと言うか。

ベントス。底に棲まうゴカイなんかの底生生物と相違なかった。
そんな自分でいることが居心地よかったんだろうな。

沼から這い上がろうとしたら、地上へ這い上がるそのことさえ容易でないと気づいて、気づいてはじめて自らの姿を目の当たりにしたって感じかな。

そこからの脱却、いつのまにか形骸化してしまう前になんとか動きはじめて幾ばくか。

あ、すべてはメンタルティックな話とご容赦くださいまし。

水底が好きだから、つい底にいようとしてしまう。
なぜって、底から見上げた景色は、塵芥さえも光にきらめいて美しいと見紛えてしまうから。

光に反射して水面がきらきらする様も美しいけれど、水底へ差しこむ光の揺らぐ様には及ばない。
亜きら的主観。

今年はさらに水を愛し、
そして去年までと同じく、どんな形にもなれるのに触れたら感触のなくなる水のような存在でありたい。

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観念的な話をしないと駄目になるにんげん。







霞立つ春。
物憂いもいよいよ募るばかりの頃、先の夜に初蛾を見かけ、少し心踊る思いと相成りました。
亜きらです。
 
翌日ふと思い立ち、午前の散歩に出かけたところ、ついに桜もぽつぽつと花開かせておりました。
はて景色よりも胸が苦しくなるのは、花の香りがうんざりするほど甘く漂うときだと気づきました。

甚だうんざり。
しかしてたおやかなる桜の花かな。

春って白いでしょ、呆けてるでしょ、惚けてるでしょ。
人々も街も空も。
夕方の、暗い水色に包まれるあの時間だけはこの季節で唯一すき。
さらに胸の切なさはいや増すんだけれど。

感傷的にもほどがある自分に辟易しながら、今夜もまた自分を愛す。

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宮沢賢治の詩でいちばんすき。
心にこんなにも清涼感をもたらしてくれる詩って他にない。

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言葉はいいよね。
言葉だけで濡れることができる私をなんと呼ぶか?




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