亜きら - 抒情の部屋 -

初めまして。 京都SMクラブ傀儡堂、京都バルバラに所属している亜きらと申します。 素敵な時間と世界を共有しましょう。

SMクラブ傀儡堂でご利用いただけます。

いつもとは違うプレイで私を楽しませて♪
完全奴隷調教は私の気分で楽しめるから一番好き♡

2018年7月のイベントコース

◇冷感ローションプレイ無料オプション【京都・大阪】
暑い夏にはひんやり気持ちいい冷感ローションでのプレイがお薦めです。
※必ずご予約時に「冷感ローション希望」とお伝えください。
※Mコース、MコースVIPに対応です。


特別コース

◆完全奴隷調教コース
VIP会員 100分25,000円、130分30,000円、180分46,000円
通常会員 100分26,000円、130分32,000円、180分48,000円
このコースは亜きら女王様に全て身を委ねる完全奴隷調教、亜きら女王様に忠誠を誓い奴隷としての調教されるコースとなります。
※プレイ内容(道具・衣装など全て)のご希望はお聞きできません。(NGは事前にお伝えください)



a004827f2a9fa36



※特別コース=いつ終了するかは未定

※イベントコース=毎月、内容が変わります



救われたいのだ、結局のところ。
世紀末思想だとか厭世的だとかデカダンスだとかマゾヒスティックだとかパーティーピーポーとか、要は今現在の此処とは違うどこかへ思いを馳せている事に違いはないんではないかと。
半ば暴力的に思う。

通常、無常ゆえに生き物は時の流れのままに生きていれば脆くも死を遂げる。生を遂げる、ではなく、生を為して死を遂げる。
そこから逃れるためでなく、その終わりくらい自ら選択したいと望む人達がいてもおかしくないと思う。

し、そういう世の中だ実際。
メキシコでは殺人がニュースにならないように、日本ではいちいち自殺はニュースにならない。
それが頷けるのは、そこそこ生きてると誰かが自殺したって話はそう珍しくなくなってくるから。

知人が死んだと聞いた。
すぐにその人なら、自殺だろうと思って、思ったのに「なんで?」と聞き返してしまった。
恐らく確かめたかっただけで、返ってきた答えはやはり自殺。

賢い人だったから、何かを半ば諦めたように生きてた。
それが原因かはわからないけど。

あっち側でなくこっち側。
それだけ。

イルカは自殺するらしい。
それがいいか悪いかは別として、悲しい事には違いないな。

07


死ぬくらいなら、えすえむしてよう。



仲が深まって、相手の表面的でないパーソナリティを知れた時、
心を開いてくれたってわかる瞬間ってなんとも言えない嬉しい感情が胸を衝く。
安心というか、なんだろう。
極端に誰か人間の感情発露の様が好きで求めるようになると、SМ世界へようこそですが。

要は『心をひらく』=気を許すとか信用とかそんな類いと似たもの、かな。

私達SMプレイにおいて女王様と位置づけられる人間としては、プレイによって相手の潜在的なナニカを開いて引きずり出せたら最高の上位でしょう。
実際、私は自分の描いたとおりの手によって、相手の感情までを操作できたと思える時がプレイ至上幸せかもしれない。
もちろん長い時間をかけた長期スパンでの話。元スプリンターだから長期戦は苦手なはずなんだけど、SМ七不思議の九つ目。
 
しかしそう簡単でもないのは周知の事実であって。

M側の人々は、相手に身を委ねるという受動的な行為のみ。
そこにどんな手が加えられどんな化学変化となるかは、様々な要因によって左右されるものでしょ。
ゆえに相手にどれだけ心を反映できるか、またはそうなっても構わないと思えるか、自分の側の心に嘘つけないと思うね。
同じ相手、同じ場所、同じ方法で再び試したとて、導かれる結果まで同じものとは成り難いのが世の常無常なる。
かと思えばあっさり発生するマンネリ化現象。

いかような時々も、お互いの、二人の心の状態がひどく影響するゆえに正解がないのでせう。人による。個体差。パーソナリティ。
なんと便利でこれ以上追及性の不毛な言葉などありましょうか。
心の具合も体の具合も、それぞれがそれぞれを感じている。
そんな世界。
なんで月は青くないと言えるのか?と愚問からはじまる休日思考の渦。
だって相手の心が開いた瞬間は分かったとしても、自分の心が開いた音なんて聞こえないし分からない。
開いたところで空っぽのガランドウだったらどうなるって言うのよ?とかなんとかもはや魘されながら堂々巡りの脳内思考でぐるぐるぐるぐる。渦。
渦というのはねぇ、水槽のエアレーションの水泡を追いかてると、ずっとそこで一点のみ、くるくる終わりがないよう。

ここで横道しますが、堂々巡りと見ると、いつも日本三大奇書にあげられるドグラマグラであった堂廻目眩って言葉を思い出す。
目が眩むという言葉がすき。
目が眩むと言えばムスカ。又の名をロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ。

そのムスカさんは物語において他人を少しも信頼せず、自らの心を誰かに開くこともなく、失意のままに目をやられてしまいました。
そうつまり心を開けばラピュタはそこにある、と。

それほど心を開くとは大事であるという話。殊更に。いやはや甚だ胡乱か不明瞭、しかし後ろ髪惹かれ隊。

※上記の文章における正確性や信頼性については個々人の心に起因するものであり、確かな将来の結果を保証するものではありません。

詳しくは傀儡堂まで。あはん。


01


▲とあるメンタルヘルスクリニックの御言葉。簡潔かつ素敵でござんす。




日頃、水槽のメンテナンスをしているとふと思う事。
例えば水草の切れはしや糞の掃除。
水槽に手をいれる。
えびちゃんや魚たちからすれば、大きな物体が上から現れるわけだから、自分の世界に置き換えてみればそれは恐ろしいこと。
だって、空から大きな物体が現れると等しいわけでしょ。こわや。

また、例えば水換え。
五分の一ほどの水を抜き、同じだけの新しい水を足す。
そうする事によって、水槽の中の水質を一定にするのが目的だけれど
反対に、良くない変化を起こしてしまう場合もある。

それを自分の世界に置き換えてみれば、誰かによって世界にある物質に手を加えられるって事だから、それってつまり神に等しい。
っとふと思い当たった。
思ってそして怖くなった。

この水槽のなかの子たちにとってすれば、ここだけが世界なんだと気づくには今さらすぎる事も
私の行い如何によって左右される小さすぎる世界だっと認識する事も。

だって私は最近、おなじように水槽のなかにはいりたいなと大した意味もなく想像してみるくらいには、
この小さな世界の住民たちを愛してるのに。

そこで誰かに飼われたいとは思わない。
水槽のなかで飼育、って言葉はSM的に見ればとてもフェティッシュに感じられる。気がする。
それでも結局観賞する対象としかならずに、ごく一方向側にのみ満たされ得るエゴイズムな行為となるだろうな。

つまり観賞魚と同じ。
私がいくら愛すると称したとて、それ故にいくら愛をかけて行ったとて、
魚達には届かないし伝わらない。

そうである以上、一方的なオナニー行為でしかないと私は思う
そして悲しくなる。

私たちは、魚にはなれない。
さらに、お寿司はおいしいもの。


53




自分の気持ちを相手に伝えるのが下手なMゾヒストの皆さまおはこんばんちわ。

自らを曖昧に甘やかし、自分以外の誰かに外側から律してくれる手を差しのべてほしい、そして救われたい、そんな類いのM属性を代表するY田。 
今目の前で家具になろうと踏ん張っているY田。
そもそもが自分の感情を杳として捉えられず把握できていなかったY田。

見過ごしたままでいられなかった為に、プレイ後の感想を言葉で伝えるレッスンからはじまった、感情の行方を追い求めるY田の心のスケッチの旅がありまして。  
 
今現在、初対面時と比べると心の解れ具合に成長を感じずにいられない。
素直に感心する。

手紙として綴られた文章とはまた違う、より生々しく自然的な心の侭に認められたY田の手記がここにある。
私はこれをとても興味深く、またぞくぞくしながら読んだ。楽しんだ。

それが以下。


28


26

最後にプレイした次の日から

44
▲プレイ前日の日までの日記。



夢かわいいってこういうことじゃない?

↑このページのトップヘ